I. 序論:太極禅の二重定義と本報告書の対象
「太極禅」という用語は、現代において二つの主要な文脈で理解される。本報告書は、これらの定義を明確に区別した上で、後者の詳細な体系的解明を目的とする。
1.1. グローバル・コンセプトとしての「太極禅 (Taiji Zen)」
第一に、グローバルな文脈における「太極禅」は、著名な武術家ジェット・リー(李連杰)とアリババグループ創設者ジャック・マー(馬雲)によって2011年に共同設立された企業、および彼らが提唱するライフスタイル・ブランドを指す 。このイニシアチブは、太極拳(Taijiquan)および太極哲学の実践を通じて「健康と幸福 (Health and Happiness)」を促進し、現代的でバランスの取れたライフスタイルを提唱することを目的としている 。その内容は、伝統的な太極拳、禅の哲学、そしてマインドフルネスの要素を融合させたエクササイズ・プログラムとして提供される 。
このアプローチにおいて、太極は中国文化、健康、武術を統合した哲学的ツールとして捉えられており、ジャック・マー自身がその哲学(例:バランス、冷静さ)をビジネス戦略にも応用していることが知られている 。
1.2. 武学体系における「波動太極禅」:レノンリーによる再定義
第二に、本報告書の主対象となるのが、武学士レノンリー氏が主宰する「波動太極 (HA-DO TAI-CHI)」の武学体系である 。この体系において、「太極禅」はジェット・リーとジャック・マーが「十三勢を現代に広めるために再編し、これを『太極禅』として定義し直した」ものとして明確に認識され、導入されている 。
しかし、レノンリー氏の体系における「太極禅」の構造的位置づけは、リー/マーによるグローバル・コンセプトとは異なる。氏の「李式波動太極體術プログラム」 において、「太極禅」とはシステム全体を指す名称ではなく、五段階(禮・禪・形・練・劔)の学習階梯の第三段階「太極形」の一部として存在する「(6)太極禅(八法五方/五歩)」という特定の実践ドリル、すなわち「十三勢(八法五歩)の修練」そのものを指す固有名詞として用いられている 。
これは、レノンリー氏の体系が、太極拳の「源流」である十三勢 を、リー/マーによる現代的な「太極禅」という定義も踏まえた上で、自らの「波動」哲学で再解釈し、プログラムの中核技術として据えたことを示している。
II. 波動太極の哲学的基盤と武術的本質
波動太極の体系は、一般的に広まっている太極拳のイメージを明確に否定し、独自の哲学的基盤と厳格な武術的本質の上に構築されている。
2.1. 核心的差異:「波動」と「等速」
「波動太極禪」の根本原理は、伝統的な太極拳の「柔らかい」「遅い」という表象を「そうではない」と定義することから始まる 。
「遅いのではなく『等速』である」 これは、太極拳の「ゆっくりと大きく伸びやかに運動する」という「非日常」的な動作 の目的を再定義するものである。「等速」とは、単に「遅い」ことではなく、動作の開始から終了までの全行程において、「勁」と「意識」が途切れず(「相連不断」 )、完全に一定の制御下に置かれている状態を指す。この訓練は、無意識的な力み(加速)と弛緩(減速)のムラを徹底的に排除する。これにより、相手の微細な変化を感知し、それに「等速で回避する」 、すなわち相手のバイオレンスな動きに巻き込まれず、常に自身の制御を維持するための高度な能力が養われる。
「柔らかいのではなく『波動』である」 これはシステムの名称「波動太極 (HA-DO TAI-CHI)」 そのものであり、単なる比喩ではない。この「波動」は、体系の中核技術である「十三勢」の「八法」全てのエネルギー源として定義されている(例:「膨(ピン)は肩から波動を起こす」) 。この「波動」は多層的な定義を持ち、(A) 仙骨から背骨、そして末端へとエネルギー(勁)を伝達する具体的な身体内部の操作法 、(B) 接触・非接触を問わず相手に影響を与える伝達技術 、(C) システム全体の根幹をなす物理的・哲学的原理、の三層構造として機能している。
2.2. 武術としての本質:「短打」「発勁」「化勁」
本体系は「太極拳は武術である」と明確に断言しており 、一般的に認識される健康体操としての側面を二次的なものと位置づけている。その武術的本質は、中国武術の分類である「外家拳」と「内家拳」の対比によって説明される 。
外家拳が「長打(尺勁)」を主力とするのに対し、内家武術である太極拳の最大の特色は、間合いを詰めた「短打(寸勁、分勁)」にあると定義される 。套路(型)の緩やかで大きくまろやかな動作のすべては、この「短打での発勁法と化勁法の羅列」に他ならず、「発勁法、化勁法を抜きに語ることはできない」とされる 。
2.3. 行動規範:「太極三宝 (さんぽう)」
波動太極は、その武術的リアリズムを確立するための行動規範として「太極三宝」を掲げる。これは「飛ぶな、蹴るな、回るな」という三つの禁則である 。
これらは、現代の表演武術に見られるようなアクロバティックな動作や、見た目の派手さを一切排除することを意味する。この三宝は、太極拳を「武術の普遍的な身体法の基底」 に立ち返らせ、実戦性、効率性、そして内家拳の定義である「老若男女がなべて使用できる」 という普遍性を確保するための、合理的かつ厳格な原理である。
2.4. 究極目的:「自他不敗」と「ワンネス」
波動太極の技術体系は、その攻撃的な武術原理とは裏腹に、非対立の哲学を究極的な目的として設定している。「太極とは、ワンネス。ワンネスとは一体であること」 と定義され、「自他不敗の精神を世界に拡げる必要がある」 とされる。
「発勁」や「短打」といった高度な武術的技術は、相手を打ち負かすためではなく、「自他不敗」(自分も相手も負けない状態)という究極の調和を実現するための「ツール」として再定義される。
この哲学と技術の統合は、実際の稽古内容に明確に表れている。例えば「対立は自分が創った事を認識」「自分の中から対立を消すと相手とむすびが起こる」「自分の固まっているところを自分で解放する」といった訓練 は、まさにこの哲学を体現している。技術の習熟が自己の内部的な「対立」を解消させ、その結果として外部の「対立」をも無効化する(ワンネス)。これこそが、波動太極が目指す「武学」の核心である。
III. 体系の中核:「十三勢(八法五歩)」の解体分析
波動太極の技術体系の中核を成すのが、太極拳の源流とされる「十三勢」の実践である。レノンリー氏の体系では、この十三勢の実践そのものが「(6)太極禅(八法五方/五歩)」 と名付けられている。
3.1. 十三勢の定義
十三勢は、「八卦」(8つの技法・方向)と「五行」(5つのステップ・動作)という二つの要素を組み合わせた、合計13の基本姿勢と動きの総称である 。
3.2. 八法(はっぽう)- 8つの技法(八卦)
八法は、「四正」(棚・捋・擠・按)と「四隅」(採・捌・肘・靠)の8つの技法を指す。特筆すべきは、「棚(ポン)は実は膨(ピン)であった」 という記述に基づき、本体系では「膨(ピン)」を基本として八法が定義されている点である。
これらの技法は、単なる手の形ではなく、「波動」を身体のどの部位から発生させるかを示す、具体的なエネルギーの起点と密接に結びついている 。
表1:太極禅「八法」の定義とエネルギー起点
| No. | 技法 (漢字) | 読み (カタカナ) | 方角 | エネルギーの起点 (波動の源) |
| 1 | 膨 (ピン) | ピン | 東 | 肩から波動を起こす |
| 2 | 捋 (リ) | リー | 西 | 手のひらから波動を起こす |
| 3 | 擠 (ジー) | ジー | 南 | 前腕から波動を走らせる |
| 4 | 按 (アン) | アン | 北 | 腰から波動を起こす |
| 5 | 採 (サイ) | ツァイ | 北東 | 指から波動を走らせる |
| 6 | 捌 (レイ/リエ) | リエ | 北西 | 脇から波動を起こす |
| 7 | 肘 (チョウ) | チュウ | 南東 | 肘から波動を走らせる |
| 8 | 靠 (カオ) | カオ | 南西 | ボディから波動を起こす |
3.3. 五歩(ごほ)- 5つのステップ(五行)
五歩は、五行(木火土金水)の概念に対応した5つの基本的なフットワークと意識の方向性を示す 。
表2:太極禅「五歩」の定義
| No. | 技法 (漢字) | 読み (カタカナ) | 概念 (五行) |
| 1 | 進歩 (ジン) | ジン | 前進 (①前方) |
| 2 | 退歩 (トゥイ) | トゥイ | 後退 (②後方) |
| 3 | 左顧 (グー) | グー | 左方への意識 (③左方) |
| 4 | 右盼 (パン) | パン | 右方への意識 (④右方) |
| 5 | 定之方中 (ディン) | ディン | 中央の均衡 (⑤中心 / 中定) |
3.4. 十三勢の実践的動作(歩形)
波動太極において、十三勢は抽象的な概念ではなく、極めて具体的かつ詳細な訓練シークエンスとして体系化されている。資料 には、八法五歩の全13技法を、それぞれ8カウントの動作に分解し、使用すべき「歩形」(フットワーク、スタンス)まで厳密に指定した稽古法が記載されている。
- 例1: 「1. 棚(ポン)⇒膨(ピン)」
- 1-2: 丁歩 (ティンブー)
- 3-4: 虚歩 (シーブー), 弓歩 (ゴンブー)
- 5-6: 四六歩 (スーリューブー)
- 7-8: 弓歩 (ゴンブー)
- 例2: 「(①前)進歩 (ジン)」
- 1-2: 弓歩 (ゴンブー)
- 3-4: 丁歩 (ティンブー)
- 5-6: 虚歩 (シーブー)
- 7-8: 弓歩 (ゴンブー)
この事実は、波動太極における「波動」が上半身だけで生み出されるものではなく、下半身の厳密な「歩形」の転換によって生み出されるという、身体操作の根幹を示している。「歩形」 の習得は、「波動」を生み出すための必須基盤であり、p.42-44の稽古法は、この歩形と八法五歩を連動させるための具体的な設計図となっている。
IV. 李式波動太極體術プログラム:階梯的学習の全解
波動太極の体系は、「李式波動太極體術プログラム」として、初心者から指導者レベルまで一貫した階梯的学習ロードマップを提供している。
4.1. プログラムの全体像
「波動太極 稽古体系 (HADO-TAICHI PROGRAM)」 は、学習の全貌を示すマトリックスである。この体系は、5つの学習段階(縦軸)と4つの習熟レベル(横軸)によって構成されている。
表3:波動太極 稽古体系 (HADO-TAICHI PROGRAM) の構造
| レベル1 | レベル2 | レベル3 | レベル4 | 概要 | |
| 太極禮 (Rei) | 律禮 | 開門 | 任脈 | 督脈 | 身体のゼロ化、土台作り |
| 太極禪 (Zen) | 起勢 | 三合 | 四正 | 四隅 | 内外の接続、精神の集中 |
| 太極形 (Kei) | 小架式 | 五方 | 中架 | 大架 | 十三勢(技法)の体現 |
| 太極鍊 (Ren) | 推體 | 推脚 | 推手 | 乱採華 | 対人感覚・応用の養成 |
| 太極劍 (Ken) | 杖術 | 扇術 | 刀術 | 劔術 | 武器術への展開・応用 |
4.2. 第一段階:太極禮 (Reiho) – 身体と精神の「ゼロ化」
プログラムの第一段階は「太極禮」であり、これは単なる準備運動や儀礼ではない。稽古会ログ によれば、膨大な時間が「禮法」のPQS (Practice, Quality, Sequenceの意と推察される) に割かれている。これは、禮法が「ゼロ化するための動き」 であり、後続のすべての稽古(禪・形・練・劔)の前提条件であるためだ。身体に力みや歪みを持ったまま禅や形(技)を稽古しても効果は薄く、まず身体を「空(ゼロ)」にし、「波動」を受け入れられる状態に整える、最も重要なプロセスである。
この「禮」は、精神的枠組みを構築する「(0) 自律禮」と、身体の経絡を整える「波動太極禮法」の二部構成となっている。
4.2.1. (0) 自律禮(かいれいほう):9ステップの儀礼と真言
稽古の精神的枠組みと志を宣言する、9つのステップからなる儀礼である 。
- 包拳全我場拝 (包拳入浄): 「私は全てであり全ては私です」
- 包拳 氏名 浅拝 (開門開零): 「私は○○です」
- 整息 開門 正拝 (身禊產禮): 「禮で和する志成就の為開門よろしくお願い致します」
- 禮和空禅 観息 (空禪観息): 【禮和真言】「禮に始まり禮に終わる」「大志と感謝にまさる戦略無し」「情熱の継続にまさる才能無し」他
- 太志 三道奏拝 (太志奏上): 「私の志は○○です」【開門三道習慣】(仕入稽古、体得稽古、活用稽古)を奏上
- 創主 天拝師弟 (天拝師弟): 「私は創造主としての意思を取り戻します」
- 創生 点円 拍拝 (天円修拍): 「全ての問題解決と未来創生の責任は私の言動にあります」
- 創造 経絡修拝 (律零修浄): 「主体と自律、率先と実行により、世界を再創造し続ける事を大志と共に奏上宣言致します」
- 綱領 浄拝包拳 (綱領退浄): 「その会の綱領や、ミッション」(例:太極波動団目的「地球を太極のエネルギーで満たし、全宇宙に波及する」)
4.2.2. 波動太極禮法:身体の経絡を整える
自律禮に続き、身体の「ゼロ化」を物理的に行うための3つの禮法が実践される 。
- (1) 開門禮 (Kaimon Rei): 8動作(開馬歩, 交叉手, 交叉掌, 交転掌, 開陽掌, 立察掌, 立圧掌, 並馬歩 )
- (2) 任脈禮 (Renmyaku Rei): 8動作(開馬歩, 中馬歩, 素元掌, 下丹掌, 棘上掌, 開陽掌, 開陽揖, 開陽禪)
- (3) 督脈禮 (Dokumyaku Rei): 8動作(中合掌, 天合掌, 天推掌, 側推掌, 交叉掌, 開胸掌, 地推掌, 太修掌)
稽古会ログ は、これら一つ一つの動作(例:「棘上掌」や「開陽揖」)が、特定の筋肉(棘上筋)や身体のセンターライン(任脈)、あるいは横隔膜といった部位にどう作用するかを検証する、極めて解剖学的・専門的な稽古であることを示している。
4.3. 第二段階:太極禪 (Zenpo) – 内外三合の接続
身体が「ゼロ化」された後、第二段階「太極禪」において、身体と意識を「接続」する作業が行われる。
4.3.1. (4) 三合禪(サンホーチャン)
に記載されている8動作(后仙手, 側下手, 側中手, 側上手, 上丹手, 中丹手, 下丹手, 通抱手)を通じて、中国武術の核心的な古典理論である「内外三合」を達成する。
- 目的1: 「外三合を合わせる」: 身体の各部位を物理的に連動させる。
- 側下手禪 → 手首と足首
- 側中手禪 → 肘と膝
- 側上手禪 → 肩と腰(股関節)
- 目的2: 「内三合を合わせる」: 意識の各層をエネルギー、身体と連動させる。
- 上丹手禪 → 心と意識
- 中丹手禪 → 意識とエネルギー
- 下丹手禪 → エネルギーと身体
波動太極は、この最も難解で抽象的な古典理論を「三合禪」という具体的な8つの型(動作)に落とし込み、実践的な稽古プログラムとして体系化している。
4.3.2. (5) 起勢禪(チーシーチャン)
に記載されている8動作(並歩勢, 独歩勢, 着歩勢, 定歩勢, 墜手勢, 挙手勢, 擦手勢, 圧手勢)を通じて、禪法の総仕上げを行う。特に最後の2動作「擦手勢」と「圧手勢」は、太極拳の極意であり、相手を癒す「太極の掌」に繋がる重要な動作であると解説されている 。
4.4. 第三段階:太極形 (Keiho) – 技法の体現
ここで初めて、第三章で分析した「(6) 太極禅 (八法五方/五歩)」 、すなわち「十三勢」の実践がプログラム上に登場する。禮法で「ゼロ化」し、禪法で「接続」された身体(弥勒體 )をもって、初めて技法(形)の稽古に入るという、厳格な順序が設定されている。その他、小架式, 中架式, 大架式といった伝統的な套路もこの段階に含まれる 。
4.5. 第四段階:太極鍊 (Renpo) – 対人感覚の養成
第四段階は対人稽古である「太極鍊」である。伝統的な太極拳の稽古法に対する批判的な再構築がここに見られる。多くの流派が「推手」(手)から始めるのに対し、波動太極の体系では、学習順序(レベル1〜4)は「推體」→「推脚」→「推手」→「乱採華」となっている 。
稽古会資料 では、「推手は手では無く先ずは身体から稽古」と断言され、伝統的な推手(手のみ)は「20年後」に学ぶものだと紹介されている。波動太極は、対人稽古の順序を根本的に組み替え、末端(手)ではなく、体幹(推體)と下半身(推脚)の感覚接続から訓練を開始する 。
4.6. 第五段階:太極劍 (Kenpo) – 武器術への展開
最終段階として、杖術, 扇術, 刀術, 劔術といった武器術が設定されており 、徒手(素手)で培った波動の原理を武器へと応用し、武術としての体系を完成させる。
V. 実践的訓練法:稽古会まとめに見る中核ドリル
稽古会まとめ( p.60-135)の詳細なログは、これらの哲学的・体系的原理が、具体的にどのような訓練(ドリル)を通じて実践されているかを明らかにしている。
5.1. 接触回避(Sesshoku Kaihi)- 皮膚感覚と空間認識
最も頻繁に登場し、基本となる訓練が「接触回避」である 。これは単に攻撃を避けることではない。
- 段階1 (感覚の鋭敏化): 相手の「Tシャツ→皮膚→筋肉→骨格」という層を認識し、「筋肉から骨格に達する手前のタイミング」を感じ取る訓練 。
- 段階2 (皮膚との対話): 「皮膚に接触する。体術と医術」 とあるように、相手の皮膚と「会話」し、相手の緊張を読み取る 。
- 段階3 (非接触): 最終的には「非接触回避」 へと発展し、相手の「思念を読み取り、自由自在に相手をコントロール」 することを目指す。
5.2. 可逆(Kagyaku)の稽古とゼロ化(Zero-ka)
「可逆」は、波動太極の対人原理の核心である 。この原理は「押されて耐えられる⇒自分が緊張できる⇒相手も緊張している⇒だから可逆が使える」 と説明される。
これは、相手の攻撃エネルギー(緊張)に対し、自らも緊張(対立)で応じるのではなく、相手の力を利用するプロセスである。
- 相手の攻撃(力)を感知する。
- その力を「ゼロ化」(対立を消し、無害化する) 。
- ゼロ化の過程で相手と「むすび」(接続)が起きる 。
- 「押された分だけ動き戻る」 、「押されたエネルギーを相手にリバースする」 ことで、相手を制御する。
「可逆」とは、「自他不敗」の哲学を物理的に実現する技術である。「可逆波動念動」 という言葉は、この技術が物理的な力(可逆)から、エネルギー(波動)、さらには意識(念動)の操作へとシームレスに繋がる高度な体系であることを示している。
5.3. 壁練習(Kabe Renshu)- 構造(七要)の確立
波動太極に特徴的な訓練法として「壁練習」がある 。「壁を背にして、前から押してもらう」「壁から出ると、相手と勝負になる」 という状況設定で行われる。
壁は絶対に退かないため、術者は「力で押し返す」ことも「退いて回避する」こともできない。この状況下で残された選択肢は、(1) 潰されるか、(2) 押してきた相手の力を「壁の中にいる感じ」 で受け流し、吸収し、「ゼロ化」するかの二択である。
これは、太極拳術十要 や七要七勢 で説かれる「虛霊頂勁」「含胸拔背」「鬆腰胯」(力みゼロで構造を保つ)が、外部からの圧力下で正しく機能しているかを試す、最も過酷かつ効果的な訓練法である。
5.4. 主要技法の応用:雲手、単鞭、震脚
- 雲手 (Unshu – Cloud Hands): 対練(パートナー稽古)で多用される 。ポイントは「つかまず触れているだけ」 であり、接触回避とコントロール技術を学ぶためのドリルとして機能する。
- 単鞭 (Tanben) & 震脚 (Shinkyaku): 波動太極の武術的側面を象徴する技法である。資料 は「太極拳の本質は非常に危険な殺人技法の集まり」と述べ、その代表例としてこれらを挙げる。「震脚」は「効率的に相手を倒すため」の技、「単鞭」は「対多人数戦闘に適している」と、その武術性を明確にしている。
VI. 総合考察:「日常活学」と共同体による人間形成
波動太極の体系は、単なる技術の習得に留まらず、その実践を通じた人間形成と社会への波及を最終目的としている。
6.1. 波動太極団の教育理念:「活学 (Katsugaku)」
稽古の究極的な目的は「日常活学」、すなわち稽古場で学んだ原理を日常生活のあらゆる場面で活かすことにある 。参加者からは、その具体的な実践例として以下のような報告が上がっている。
- 「硬い袋を開けるときや洗濯物を乾かすとき」(に波動の原理を使う)
- 「体を動かす仕事で、力むのではなく自分と周りの空気・世界全ての波ごと移動させる意識にする」
- 「日々の所作が丁寧になる」「感情の波も穏やかになる」
これは、波動太極における「禅」の真髄が、座禅や瞑想(「自律禅」 )に留まらないことを示している。稽古場で学んだ「波動」「ゼロ化」「等速」「接続」の感覚を、日常生活のあらゆる動作(袋を開ける、歩く、人と話す)に適用(活学)し、日常そのものを「動禅」 に変容させることこそが、この体系が目指す「太極禅」の真の実践である。
6.2. 共同体(コミュニティ)による指導者育成
波動太極は、ミッションを共有する共同体(波動太極団)として機能している。資料 は、明確な階層(0期:指導者層、1期:学習者層)と、指導者育成の仕組み(「教学共育」 – 互いに教え学び合う)の存在を示している。0期生には「指導者としてのビジョン」が問われ、1期生は0期生から学ぶことでレベルアップが図られる。
波動太極禅は、単に個人が技を習得する場ではなく、「地球を太極のエネルギーで満たし、全宇宙に波及する」 という明確なミッションを共有し、そのミッションを達成するための「指導者」を育成する、高度に体系化された教育システム(活学と教学共育)として機能している。
