言靈の先生から回ってきたお筆先

 

言靈の先生からお筆先が回ってきたので公開したいと思います。

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土公(つちぎみ)参拝後

土公御陵:鈴鹿、椿大社(猿田彦の墓と伝えられている)
詠み人知らず

今の世 物の上に立っておるぞ 物崩れれば形無くなるぞ
物云う世は 物無くなれば成り立たぬ世であるから
物はできるだけ ひかえておること大事である      ,
灯りも 煮炊きも 旅するも 食べるも 話すも みな物の上に
成り立っておる 物は紙の約束事によって仕組まれておる
約束事崩れば 紙はただの紙切れぞ
紙は金ではないぞ 紙は紙じゃ
約束事こそ金じゃ 物の世でも約束事大事とある
はるかむかしより 天の安河にて約束事のあるように
神の世も 人の世も 約束事守ること大事である

世の変り目は この約束事の結び目解くぞ 神が解くのじゃ
解けば何もかも崩れて行くぞ
そのとき 人の世にとって何が大事であるか解るものだけ
次の世を迎える「種なる大」となるのじゃ

大事なのは人の種じゃ 神の心を宿した人の種じゃ
光の種である 物の種を光の種に変えることぞ
光の種 土にまくぞ 光りの樹が成り成るのじゃ
光の樹に 光の実成るぞ 人の世は神の世となり 光の息となる

土は大事ぞ これからは土の世ぞ 大地にしっかり根を張る世ぞ
紙の約束ではなく 分に応じた徳で返す世となる
紙の金 偽り多かれど 徳の金 隠し事できぬぞ
物食わねで死ぬることなきことを これからの世の人々は
知ることになるぞ

人はただへ光りておれぱ 生命は永遠に続くのじゃ
光の言葉を放てよ 光りた思いでおれよ
ただ光りておれぱよい 何も考えることいらず
何を言われても 黙っておるのじゃ
何をされても 落ちついて 相手の反応に合わさぬがよい
ただ 光りておれぱ 世の中変る
世の現れに心まどわすなよ これから起こることに 心とらわれるなよ
心まどいて心とらわれておると うその世に
まき込まれてしまう おのがまことの姿見えなくなるぞ
おのがまことの姿は ただ光りてある姿ぞ
光りてあらぱ まわりのすぺてが変わりゆく

さんざん人にこづきまわされたように見えれども
さんざん人にいいように使われて見えようとも それは幻じゃ
おのが命は なにもかわらぬ
まわりの現れにとらわれる.なよ.まわりはうそものじゃ
おのが光りて生きる道 それはまことの道である

夫婦 兄弟 親子の絆も 現れにすぎぬぞ
おのが光りておれぱ すべて変わるぞ
人の言葉に光と影があるぞ 光りの言の葉だけに耳をかせよ、
光のようふるまう影の言の葉あるぞ 氣をつけませい
光のようふるまう影の笑顔あるぞ よくよく見極めよ
これからにせもの多くでてくるぞ
にせものは人を集めたがるぞ 人の目や言葉を氣にする
ひとりで歩かぬぞ 人に守られるのが好きじゃ

ただ、光りてあるもの 他に何もいらぬ
おのが光りてあることは 神と共にあることであるから
淋しくも心細くもないぞ
光りて生きることは 頭では何も考えぬこ.とぞ
頭であれこれ考えると とかくろくなことにならぬ
頭は人の世のものさし ひらめきは神の心

人が計り事に落ちるのは 人が恐れをもっているからじゃ
恐れなくば 計り事叶わぬ神が何事も無き道へ
導いてくださる,恐れをもたばわなにはまるぞ
悪しき思いをもつもの 生きておるものの中にも
死しておるものの中にもあるぞ
これからは おのが思いに世の中を操りたいと思うて
ただその事だけ 年がら年中思うておるから
思いも重ねる.と力を増してくる なかなかの策の網をもちて
人々をがんじがらめに いちもうだじんにしてしまおうと悪だくみをしておる
絵ときは上から見れば良く見える
あの者がこうしようとしておる この者がああしようとしておる
おろかなものどもよ 世の中がまるでひっくりかえることを
知らぬて ごくろうな

おのが賢しと思うておるもの おのが偉いと思うておるもの
おのが強いと思うておるもの おのが美しと思うておるもの

おのが馬鹿と思うておるもの おのが弱しと思うておるもの
おのが卑しきと思うておるもの おのが醜きと思うておるもの
これすぺておろかなり

ただ日々の中にありて 人を慈しみ 人を大事にし
人を生かし おのも喜びて生かされ 大いなる和を
もちて暮しておるもの そのままが神の姿なり
神はその姿をたからかに誉め愛しむ
その姿こそ光りて生きることぞ

人の悲しみを見て その悲しむ心を光で包みてくだされや
人の怒りに会いて その怒る心を光で包みてくだされや
人の苦しみを見て その苦しき心を光で包みてくだされや
人の喜びを見て その喜び心を光で包みてくだされや
人の哀れを見て その哀れなる心を光で包みてくだされや
人の世のはかなきを見て そのはかなき世を
おのが光で照らしつくしてくだされや

この星の心を愛しむ心ぞ 地祇(くにつかみ) 国照の心とな
この星の生きとし生くる者 おのが光で照す心ぞ 天神(あまつかみ) 天照とな
にぎにぎしく照り昇る朝日の心ぞ にぎはやひとな
これ悟りの心ぞ

すめらみことが出る世ぞ みことはあちらこちらで出てくるぞ
それぞれを大たぱねするお方が すめらみこと
悟られしものが みことをのるぞ
世の中のあちらこちらでみことのりがはじまりておる
大和の靈元(ひめもと)の黄泉(よみ)返り(がえり)ぞ 世の中大きく変わるぞ
心せよ みなみな心いたせよ

これよりの世は社(やしろ)はいらぬぞ 社あるから物入りじゃ
金のかからぬ世となるから 物もてぱ苦しむぞ
社に仕えるものおろかなる 祈る心とぞ重きなること
祭る御しるしは柱である 祈る心根こそ神は見届ける
神の氣の降りるところは 人の心の氣にぞありける
人の心の氣 集まりて澄みきりてこそ神の白庭となる
社ではないぞ 人の心の的が大事ぞ
なんとなれば社でもよい はじめに心ぞ 次に的じゃ
神の柱は人の心の中に立つものぞ
人の体は宮代じゃ 奉る心もちて真直ぐに立つとき
そのまま御社となる
手を合わせるぞ 神と人の心はひとつとなる
この世の目に見る柱はあくまで的じゃ
そこのところに集まりくるためのものに過ぎぬて
人の美しい心が 美しい神庭を作るのじゃ

美しい心で祈れよ 美しいものばかりが寄りてくる
見た目にまどわされてはならぬぞ
美しいとは 清々しいことじゃ すっとしておることをいう・
澄み切りて水晶のような心じゃな 玉である

神の御柱の立つ神庭には 浄まった玉が集まるぞ
もはやそのときは神主を仕事としておるものはおらぬぞ

社は崩れてもよい はるか昔の神籬(ひもろぎ)の世にもどすのじや
神簸の世に物はいらぬぞ 金はかからぬ
人の美しい心がいるのじゃ 人の美しい声が結びゆく世じゃ

あれこれ物言うことは無くなるぞ 物でかたづく世は終る
すべからく心のありかたじゃ 心と心が何も言わずとも’`
通じ合う世となるぞ 言の葉は多くはいらぬ
素直が肝心 素直であれば思い通じるぞ
あれこれ悩む心配はない ただ すっとしておればよいのじゃ
互いの心が見えてくる 澄み切りておれぱ神の世界じゃ
人の悪心まる見えじゃ 下心ありて寄りてくるものお見通し
だまされぬ世となるぞ 邪しまなもの転落じゃ

またはじめからやり直し ごくろうなことじゃ
はじめというは もののはじめぞ 人の世からでないぞ
ちりからじゃ 氣の遠くなるほどの世まで 人の心はもたせてもらえぬぞや’じゃから ごくろうというておる
もう間にあわぬぞ 神は別けたり 人の世の白と黒

澄み切りの心 天(てん)上人(じょうびと)となるぞ 光に満ちあふれておる世界
汚れた心でも邪(よこしま)なる心でなければ もとに戻った世界で
やり直しできるぞ 邪なる心のもの何にも無くなる
もう地獄も何もないぞ

これからは人の世のはじめからはじめるものと
光に満ちあふれた神の世に生まれるものと
何にもない粒のひとつとなるものに別れるのじゃ
三つに分かれるぞ もうおのおのが決められたのじゃ
今年はその型どおりにはまっていくぞ

光の世に行くものわずか
次の世からはじめるものわずか
粒になるものほとんどじゃ

最後の一瞬 神に詫びてくだされや 恩になったものすべてに
その恩の一部も返せんかったこと 心から詫びてくだされや
親や妻 夫 子 友 すべてにじゃ
おのが身に不幸を与えしものすべてを許してくだされや
おのがすべてを許し まわりのすべてを許すのじゃぞ
これが人の世に下された最後の道じゃ
最後の慈悲とでもいおうか

さりとてこの道 神のはじめの道であり最後の道でもある
これを行うたからとて 神の世に行けるとは限らぬ
人の世ではじめから やり直せるとも限らぬ
ちり粒になるやも知れぬ
おのが心の光の度合いに応じて 命の在り方が変わるのじゃ

もう定まった方向に精一杯努力してくだされ
万靈万物の幸せを おのが喜びとされよ
万靈万物の不幸せを おのが光で照らし包まれよ

さてさて 月の世は終りとなるぞ
天照国照の岩戸が開く
月の世の終わりは一瞬 闇がくるから心に光をともせよ
先が見えなくなるぞ 闇で黒い龍が動くぞ
心に光をもたぱ 白き龍の後に続けよ
闇でも白き龍は光りて見える おのが心の光を受けて光るのじゃ
やがて、岩から光がもれると 白き龍七色に変わるぞ
七色に見えるそこが おのが心に立つ光の御柱じゃ

岩戸は香久山に決まっておる
天に続く天の香久山は おのが体の中にある
香久山に天の御柱 光の御柱立つぞ
根底より天の頂きに向かって勢いよく昇りつめる
これぞ光の力ぞ
この光景ゆめゆめ忘れるなよ
心に光あるもの いつかは必ずこれに出会う
あわてるなよ あせるなよ

天地ひっくりかえるように思えるぞ
体がこわれてしまうように思えるぞ
その時は まかせるままにしておればよい
いずれおさまる
光の乱舞も渦の虹もなすままにあればよい
それが済めば そこは光の世ぞ
何もかも変わっておる
おのが姿はそこに転生しておるということじゃ

人の命の悟る場は おのが玉のすわる場ぞ、玉が大事ぞ
生まれしときに誓いたる 神の約束果たす場ぞ
分からぬことあらぱ おのが玉に聞け
玉がすべてぞ祈る心で聞け
だんだん解かりてくるぞ 手を打つ喜び身踊る日がくるという
おのが玉の仕組みに おどろかされる日がくるぞ
玉すわる場のうて 死ぬ死ぬというでないぞ
死ぬる覚悟の第一は おのが玉のすわる場ぞ
その第二はおのふ玉の行く先じゃ            |

死ぬ先の玉の居所決めずして その先の玉はすわらじ
玉すわらずして死ぬると 先で迷うぞ
死ぬ先の玉の居所診ぬれぱ おのがこの世の玉にとぞある
この世にて玉すわらずして 死に入ると玉の謎解けずして
次の世でまた迷う くる日もくる日も同じところ巡りて
あの世とこの世をぐるぐるとな みな同じことしてきたのじゃ
おのが玉探されよ おのが玉すわる場 定れば
不思議なるチカラ湧き出ずる

玉おのずと光り出す
頭であれこれ思う間も 人に聞く間もないほどに
身の内よりいきいきと 成り成りては ふつふつと
生きた御魂ぞ顕れにける

天と地のはかり事をぱ おのが靈(も)の内に納めたり
おのが身の心細さは あとさきもこの世に生くる身のぴとつぞと知る
とあれとども 玉の仕組みが解ければすべてのすべてに笑えてくるぞ
おのが玉の真の姿 分かりてくるぞ
おのが小さな玉がいつのまにやら
果てしのう大きな玉になりうるを知ることになる
いろいろと外のあらわれに心とらわれるのも仕方のないことじゃが
仕様のない人の世のう 大事は玉ぞ 玉の内にしかと聞け
おのが身の内に神と結んだしるしがあることを知れよ
この世で果たさねばならぬ役目があるというに
みな目の前のあらわれに振り回されておる

おのが玉のすわる場は おのが玉が知りおるぞ
じゃから おのが内なる玉に聞け
いつもつねにどこにおいても忘るるな
おのが玉は神に通じておるぞ
神がおのが行いを見届ける 神がおのが思いを引き受ける
安堵せよ 胸の前にて手を合わされよ
神(み)しるしぞ そこにありと 神は見届け給うなり
≪問う 「玉とは何か」≫
玉、それは『思い』じゃ 神の分け御魂である 光りてぞある
耳のうて聞こえてくる 目のうて闇 見えてくる
口のうて語りてくる 鼻のうて香りてくる
火のうて暖かい 水のうて水みずしい
すべてを知り すべてにうるおひを与うるものとでもいおうか
私欲のない心でもあり 純粋で無垢でもある
人の真ことの姿であり あらわれである

人の世の今の世よりはるかに高き世に根をつなぐものなり
大直日とも高魂ともいうてな それはそれは神々しい
この世のものではないほどに 光放ちたきれいな玉じゃて

玉とはな 神さまから戴いた命とでもいうものでな
神さまのこと知ろうと思うたら この玉を通じてでないと結局解らんのじゃて
人が神の子というは この玉をもちていうことなり
人はこの玉に出会うために この世に生まれたのぞ
はよう このことに氣づかれよ 真ことの自分の姿にな
この玉大事と解りたならば 外のあらわれ目もくれず
玉のすわる場 見つけませい はよう見つけてくだされよ

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【プロフィール】

水谷 哲朗(あきお)
1978年生まれ。A型 しし座。

25歳の頃の私は、自分の無力さに失望し、
生きる希望をもつことすら難しく感じ、
何度も自殺未遂を繰り返していました。
そんなどん底の僕に光が差し込んだのは、
"雲を消せるおじぃ"との出会いが始まり。
私の目の前でスイスイと
雲を消せる不思議なおじぃとの出会いにより、
僕の人生は大開花!
その後、不思議な世界への興味と、
自分の可能性の限界へのチャレンジにより、
山籠もり、滝修行、仙人修行、神道など、
精神世界やスピリチュアルな世界を学ぶこと。
やがて、
現実的に身体へアプローチする整体の学びを得て、
そのすべてが一つになっていきました。

そんな頃、
偶然辿りついた映像をみて、衝撃が走ったのです。
その映像には、ある主催者の方が、
参加者の方に、ただ手を差し伸べるだけで、
一瞬で人々が癒されていく姿が!

それからまもなくして、
心と体は繋がっているということは、
言葉がけ次第で、人の体は変化するはず!
その考えから、
2012年に、「言靈ヒーリング」を考案。

言靈ヒーリングは、"言葉がけ" だけで、
胃が上がったり、体温が上がったり、
肩こりが治るなど、多くの身体的な変化と
心の変化を同時に感じるオリジナルヒーリング。

おかげさまで、クチコミで全国に広まり、
今では、大阪・名古屋・東京など大都市だけにとどまらず、
全国へ飛び、言靈ヒーリング講座を開催。

その数は、すでに30回を超え、
参加者これまでに、500名を超える。