【讃岐一之宮】田村神社 ヤマトモモソヒメ

 

先日、ヤマトモモソヒメが祀られる田村神社へ、
娘とデートへ行ってきました。

「ここでパパとママ結婚式あげたんやで~」

そんな話をしながら、田村神社をお散歩。

 

・・・そういえば、むすめの妊娠5ヶ月目くらいに結婚式あげたんやな

妊娠5ヶ月ってちょうど、御霊と肉胎がつながる時期やな

もしかして、むすめの産土さまってヤマトモモソヒメ?

だからモモカに決まっとたんやろか・・・

 

そんなことを考えながら、
ヤマトモモソヒメを参拝しておみくじを引くと。

【神と一つになりなさい】とのメッセージ。

 

それ見てモモカも「神さまと一つになる~」と、
素直に大喜び(笑)

「また6歳の誕生日にこようね」と約束して神社をあとに。

 

その帰り道、
ヤマトモモソヒメと桃太郎(吉備津彦)が並んでいる銅像が目に入る。

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ヤマトモモソヒメと桃太郎、吉備津彦か~、
ここで結婚式ってふかい意味があったんやな・・・。


7年前、結婚式を挙げた当初は、
まさか自分が神に仕えるミチに入ると微塵も思っていなかったけれど、


今振り返ってみると日月神示に出逢ってから、
すべては決まっていったのかもしれない・・・


 

そんなことを考えながら、さりげなくモモカに、

「桃太郎とももちゃんのおばあちゃん仲良く並んでるね」と言うと。

「桃太郎ってキライ」と、ふてくされて顔を横に振るモモカ。

「えっ!?なんで~」すかさず驚く僕。

「だってこのまえ保育所で、おとこのこ二人がモモのこと【桃太郎~】っていってきたもん」

「え!そうなん!?」

「うん、でも、先生に言ったら、先生がお友だちに

【お父さんとお母さんがつけてくれた名前は宝ものなんですよ
一つ一つたいせつな願いがこめられているんですよ】

そういってくれたんや」

 

・・・保育所の先生って神さまやな。

 

と、いうコトがありました。

 

そしてその夜。
夢のなかでハッキリとしたメッセージを受け取りました。

【ももかもいつか大きくなって
 だれかを好きになって
 傷ついたら腹くくるで
 それまで信じて見守ったりや】

夢のなかで妻から、
そうメッセージをもらいました。

 

妻からなんだけど、
モモソヒメからのメッセージのような・・・。

そんな不思議な夢でした。

 

【おまけ】ヤマトモモソヒメのエピソード集

書記では倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)になっていますが、
本来は間違った名前で、
モモソ姫とトト姫が混じった名前になっているようです。

モモソ姫は、7代孝霊天皇の娘。
トト姫は、8代孝元天皇の娘です。

 

マコトの名は「ヤマトモモソヒメ」

ヤマトモモソヒメは、3歳の時に讃岐(香川県)に来られ、成人までこの地で暮らしておられました。
そして甥の10代崇神天皇の時代に、その霊力でご活躍されます。

モモソヒメの親族には、ヰサセリヒコ弟ワカタケヒコ(同じ名の兄がいる)、
キビツヒコ(桃太郎のモデル)がいました。

キビツヒコは吉備国(岡山県全域と広島県東部と香川県島嶼部および兵庫県西部。
古代日本では筑紫、出雲、大和などと並ぶ有力な勢力の一つでした)平定後、
そこを足場として讃岐国、出雲国にも進出したといわれています。

一説にはこの時の逸話が桃太郎伝説のモデルの一つになったと言われており、
吉備国(岡山県)と讃岐国(香川県)には桃太郎伝説が伝わっています。

ただし「讃岐桃太郎」の本当の主役は、讃岐国平定で先陣を切ったキビツヒコであるといわれています。

 

【備考】
ヤマトモモソヒメは神上がりされておられるので、
今なおの乱れた国家の世直しをされるタメに
昼夜働いておられる神さまの一柱と言われています。

 

ヤマトモモソヒメ~エピソード1~


ヤマトモモソヒメは孝霊天皇の姫であり、崇神天皇の叔母さんにあたる人であり、
この崇神天皇の御代に活躍します。

崇神天皇は、三種神器である八咫鏡と八重垣剣を宮中に置いて、寝食を共にするのは恐れ多いとして、
八咫鏡をカサヌヒに(京都:真名井神社?)、八重垣剣を山辺の里 (大和神社:奈良県天理市)に祀らせます。


そして鏡と剣のコピーを造り、宮中に置いたようです。
しかし、そのコトが神々の怒りにふれたようで、国全体に疫病が流行り、
国民の半分が死ぬという大事態を引き起こしていきました。

そして為すすべなく、国を去って行く者、また反乱を起す者もあらわれ、国は大いに乱れていってしまいました。

二宮を建てて二神を移し、天照大神や大国魂神を祀って祈りを捧げてみても全く効果がありません。
国家の一大事です。

「これは政(まつりごと)に、何かよくないところがあるからに違いない。
一体、それが何なのか、占ってその原因を調べることにしよう」

崇神天皇はそう考えられました。

そして、ここに呼び出されたのがヤマトモモソヒメなのです。

 

「ホツマツタヱ」によれば、ヤマトモモソヒメは神懸りして、次のようなウタをうたいます。
さるたみもつずにまつらで
をえにみだるさ

(民がいなくなるのは
昔の神を続けて祭らないから
穢れをうけて乱れてしまうのさ)

 

※穢れ = 気枯れ = 生命力(正しいイノチのチカラ)がなくなってしまうこと

 


「一体、そのようにおっしゃるはどの神様にあらせられるか?」
そう崇神天皇がお尋ねになると。

「私はオオモノヌシの神である」
との答。

※神がかりで降臨された神を判別するために、
古来より巫女(シャーマン)と、
サニワ(審神者)の二人によって儀礼の執行がおこなわれます。

「自分の子であるオオタタネコを探し出し、自分を祀らせるように」
そう崇神天皇に命じました。

崇神天皇はオオタタネコを訪ね、そして、オオモノヌシを三輪の山に祀り、
その祭事をオオタタネコに任せるようにしたところ、
再び田畑は実り、国民(くにたみ)は栄えた、ということです。

(一説には大神神社【おおみわ】のはじまりと言われています)

 

ヤマトモモソヒメ~エピソード2~

「見よミマキ イリヒコあわや

己が副え 盗みしせんと

後つ門を い行き違ひぬ

前つ門よ い行き違いて

窺わく 知らじとミマキ

イリヒコあわや」

少女が歌っていた歌を聞きつけたオオヒコ(8代孝元天皇の子)が、
この歌は気になるとして崇神天皇に報告。

ヤマトモモソヒメに聞かせたところ、
これはタケハニヤス(8代孝元天皇の子:オオヒコと異母兄弟)が謀反を起そうとしている印であると解きました。

そしてオオヒコは、タケハニヤスがちょうど戦を起そうとしていたところを逆に撃って事なきを得ました。

こうして、ヤマトモモソヒメは、巫女として目には見えない世界を知り、崇神天皇の政を助けていたようです。

そして、それがヒミコとその弟に例えられ、ヤマトモモソヒメは卑弥呼だったという説もあります。

 

ヤマトモモソヒメ~エピソード3~

オオモノヌシの神を呼び出した縁からでしょうか、ヤマトモモソヒメはオオモノヌシの妻となります。

オオモノヌシとは、当時の役職名で、モノノベ800人を統率する仕事のコト。
モノノベは3,200家族の面倒をみる仕事をもち、
オオモノヌシはそのモノノベ800人をまとめる極めて要職。

この時の話が『日本書紀』や『古事記』にもあります。

もヽそひめ おほものぬしの
つまとなる よにはきたりて
ひるみえず あけなばきみの
みすかたお みんととむれば
かみのつげ こといちじるし
われあした くしげにいらん
わかすがた なおどろきそと
もヽそひめ こヽろあやしく
あくるあさ くしげおみれは
こへびあり ひめおとろきて
さけびなく おほかみはぢて
ひとヽなり なんぢしのびず
わがはぢと おほそらふんで
みもろやま ひめあほぎはぢ
つきおるに はしにみほどお
つきまかる おいちにうづむ

<訳>モモソヒメはオオモノヌシの妻となりました。

オオモノヌシはモモソヒメの許を夜訪れ、昼はその姿を見ることはありませんでした。

そこで、ある夜、夜が明けた時に君のお姿を拝したいと、お帰りになろうとされるのを引き留めたのです。

するとオオモノヌシは告げました。

「おっしゃるのももっともなことです。
明日の朝、私はあなたの櫛笥(くしげ)の中に入っております。
私の姿を見て、ゆめゆめ驚かないようにして下さい」

モモソヒメは妙なことを言うものだと不思議に思いました。

翌朝、櫛笥を開けてみると中に、小さな蛇がいるではありませんか!

モモソヒメは驚き、叫んで泣き出してしまいました。

すると、蛇は一瞬で若者に変わちました。

蛇はオオモノヌシでした。

「あなたは私の姿に耐えることができなかったのですね。
このようなことでは恥ずかしくて二度とあなたの前に現れることはできません」

そう言うと、大空を三諸山、今の三輪山の方に飛んで行ってしまいました。

モモソヒメは空を見上げ、自分の愚かさに気づいて恥ずかしく思い、すとんと座り込んでしまいました。

モモソヒメは後悔し、己を恥じ、箸で女性器をついて自殺してしまいました。

と、歴史には綴られています。
 

 

一家に一人ヒーラーを

かむながらたまちはえませ いやさかましませ~

水谷拝

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

太元アキオ

【プロフィール】

太元アキオ
1978年生まれ。A型 しし座。

25歳の頃の私は、自分の無力さに失望し、
生きる希望をもつことすら難しく感じ、
何度も自殺未遂を繰り返していました。

そんなどん底の僕に光が差し込んだのは、
"雲を消せるおじぃ"との出会いが始まり。

私の目の前でスイスイと
雲を消せる不思議なおじぃとの出会いにより、
僕の人生は大開花!

その後、不思議な世界への興味と、
自分の可能性の限界へのチャレンジにより、
山籠もり、滝修行、仙人修行、神道など、
精神世界やスピリチュアルな世界を学ぶこと。

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