【わかりやすい「一靈四魂」入門】「直靈」はチョクレイではなく、ナオヒノミタマ

直靈は≠チョクレイではなくナオヒノミタマ

アチューメントはもういらない!?でもありましたが、直靈という真言があります。

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ほんらい伝授者(ティーチャー)であれば、これがどんな意味をもっているか知っているはずですし、生徒さんにキチンとお伝えしているはずです。

が、しかし、日本から海外へ輸出 ⇒ 海外から日本へ逆輸入されたため、根本にあった神仏混合の教えがほとんど削り取られてしまいました。

※ほんらいの靈気にはアチューメントという概念もなかったようです。

 

そして、逆輸入がキッカケとなったのか、直靈の発音が「チョクレイ」となってしまい、そのほんらいの言靈「ナオヒ」は失われていきました。

もともと直靈(ナオヒ)とは、直日神(ナオヒのカミ)であり、穢れを払い、禍(まが、曲がった我)を直すとされています。

日本神話の神産みにおいて、黄泉から帰ったイサナギが禊を行って黄泉の穢れを祓ったとき、その穢れから曲靈(禍津日神)が生まれました。この曲靈がもたらす禍(まが、曲がった我)を直すために生まれたのが直日神であります。

そのように「直靈」とは「曲靈」と対比される言靈であり、「ナオヒノミタマ」と読むことでそのほんらいのチカラが顕現(直日神をお呼びする)されていくと思います。

 

一靈四魂とは

「ヒトの心は天と繋がる直靈と、四つの魂から成り立つ」という概念が古神道にあり、それを一靈四魂(いちれいしこん)と呼びます。

ヒトの心は四つの魂から成り立ち、それらを一靈(一つの靈)が操作している。すなわち一靈が中心にあり、その周りの四魂(荒魂、和魂、幸魂、奇魂)をコントロールしているというわけです。

その記述は、明治の国学者・本田親徳(ほんだ ちかあつ)によって編纂され、その後、本田の弟子の長沢雄楯(ながさわ かつたて)の弟子であった出口王仁三郎が「人間の心だけではなく森羅万象がこの一靈四魂から成り立っている」と説き、一靈四魂に関する多くの著作を残しています。
一靈
直靈(ナオヒノミタマ)
心の中心であり、その状態をコントロールしているもの。
四魂(和魂、荒魂、幸魂、奇魂)
和魂=「親和力」、親しく交わるチカラ。
荒魂=「進展力」、前に進むチカラ。
幸魂=「生成化育」、人を育むチカラ。
奇魂=「観察力」、観察し分析して悟るチカラ。

これら四魂(四つの心の働き)を直靈が操作することで、ヒトのもっとも美しい心の用「良心」が活動されます。

 
直靈が歪むと四魂も歪む
直靈には「省みる」という機能があり、絶えずヒトの良心を活動させようとしているのですが、「省みる」コトを忘れると、自己中心的で傲慢な「曲靈」に悪化してしまい、我よし(自分さえよければいい。自分の行いはすべて善いこと)になってしまいます。

そして一靈四魂の中心である直靈が歪むと、四魂すべての用も悪い方に変わってしまいます。

「荒魂」は恥じるコトを忘れ、私欲に走り「争魂」に。自分の欲するものに我を通します。

「和魂」は悔いるコトを忘れ、憎しみに走ってしまい「悪魂」に。好き嫌いでヒトを判断し、愛情を独占したがり嫉妬を産みます。

「幸魂」は、畏れるコトを忘れ、道理や神をも逆らう「逆魂」に。相手の気持ちを考えず、一方的に水を注ぎ花を枯らせてしまうようになります。

「奇魂」は覚る(さとる)コトを忘れ、善悪や物事の判断が狂ってしまう「狂魂」に。ヒトの考えを批判して優位に立ちたがります。

 
「省みる、恥じる、悔ゆる、畏る、覚る」一靈四魂のチカラを正しく扱うための戒律
心のハタラキを正しく発揮するには「かえりみる(省)、はじる(恥)、くゆる(悔)、おそる(畏)、さとる(覚)」の禊ぎ祓いが重要で、一靈四魂を祓い清めることでマコトの言靈のチカラが顕現されていくと言われています。

一靈四魂に関して、日月神示『青葉の巻』(第三帖)には次のようにあります。

「天地の大祓いと呼応して、国の潔斎、人の潔斎、祓い清めせねばならんのぞ、与えられた使命を果たすには、潔斎せねばならんのざぞ。

かえりみる(省)、はじる(恥)、くゆる(悔)、おそる(畏)、さとる(覚)の五つのはたらきを正しく発揮して、禊ぎ祓いを実践せねばならんのであるぞ」

 
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