一霊四魂で心の働きを読み解く!



 

一霊四魂とは

「霊止(ヒト)の心は天と繋がる直霊と、四つの魂から成り立つ」という概念が古神道にあり、それを一霊四魂(いちれいしこん)と呼びます。

人の心は四つの魂から成り立ち、それらを一霊(一つの霊)が操作している。すなわち一霊が中心にあり、その周りの四魂(荒魂、和魂、幸魂、奇魂)をコントロールしているというわけです。

その記述は、明治の国学者・本田親徳(ほんだ ちかあつ)によって編纂され、その後、本田の弟子の長沢雄楯(ながさわ かつたて)の弟子であった出口王仁三郎が、「人間の心だけではなく森羅万象がこの一霊四魂から成り立っている」と説き、一霊四魂に関する多くの著作を残しています。


 
一霊
直霊(ナオヒノミタマ)は心の中心であり、「今」この瞬間をコントロールしているもの。

直霊(ナオヒ)とは、直日神(ナオヒのカミ)のことであり、穢れを払い禍(まが、曲がった我)を直す働きをもつとされています。

日本神話の神産みにおいて、黄泉から帰ったイサナギが禊をおこなって黄泉の穢れを祓ったとき、その穢れから曲霊(禍津日神)が生まれました。この曲霊がもたらす禍(まが、曲がった我)を直すために生まれたのが直霊(直日神)。

※「直霊」と「曲霊」は対比の関係。


画像:神社人

 
四魂(和魂、荒魂、幸魂、奇魂)
荒魂(あらみたま)=「勇」
進展力、前に進むチカラ。「勇気、正義、実行力」に関係。情熱的に燃え上がろうとする心。

和魂(にぎみたま)=「親」
親和力、親しく交わるチカラ。「好き嫌い、恋愛」に関係。意思相通。

幸魂(さきみたま)=「愛」
生成化育、人を育むチカラ。「共感、聖なる愛」に関係。万物への広い愛。

奇魂(くしみたま)=「智」
観察力、観察し分析して悟るチカラ。「知識、氣づき」に関係。どこまでも広い世界を求めようとする心。

例えるなら、一霊(いちれい)は胴体であり、四魂(しこん)は左手、右手、左足、右足のようなもの。

胴体は動くことが出来ませんが、左手、右手、左足、右足が動くことで移動したり、自由に動くことが出来るようになります。

四魂(四つの心の働き)を直霊が操作することで、人のもっとも美しい心の用「良心」が活動されます。

 

「一霊」が歪むと「四魂」も歪む!?

直霊(なおひ)   ⇔ 曲霊(まがひ)
荒魂(あらみたま) ⇔ 争魂(そうこん)
和魂(にぎみたま) ⇔ 悪魂(あっこん)
幸魂(さきみたま) ⇔ 逆魂(ぎゃっこん)
奇魂(くしみたま) ⇔ 狂魂(きょうこん)

【省みる】直霊(なおひ) ⇔ 曲霊(まがひ)

【五心】真心、良心。

【 罪 】 自己中、自己犠牲。(地獄界に相応している状態)自分さえよければいい。人を傷つけても罪悪感を感じなくなってしまう。又は自分さえ我慢すればと、自分を犠牲差し出す。

※罪とはマイナス面のこと

【戒律】直霊は愛情あふれた優しい心や良心に関係し、自らの心にやましい行いを重ねて穢れないように「省みる」という戒律が与えられている。

「省みる」ことを忘れると、自己中で傲慢な「曲霊」に。
我よしになる。(自分さえよければいい。自分の行いはすべて善いこと)

一霊四魂の中心である直霊は最も重要で、直霊が曲霊になると、四魂もすべて悪い方(悪魂・争魂・逆魂・狂魂)変わってしまいます。

 

【恥じる】荒魂(あらみたま) ⇔ 争魂(そうこん)

【五心】怒り、焦り、恥ずかしい。

【 罪 】 私欲に走り、自分や他者を責め争う神性に反する行為は六臓の衰弱につながる。

【戒律】荒魂は善い事、正しい事。悪に勝つ進展力、情熱的に燃え上がろうとする心。行動力、正義心。清らかさに関係。悪に勝つ、その行為が独りよがりにならないように、常に「恥じる」という戒律が与えられている。

荒魂は「恥じる」ことを忘れると、私欲に走り「争魂」に。
自分の欲するものを手に入れるため我を通そうとします。

「争う心癖のある人は「恥じる」ことで反省を促し、他者を責めなくなります。

 

【悔いる】和魂(にぎみたま) ⇔ 悪魂(あっこん)

【五心】悲しみ、憎しみ、恨み、妬み、後悔。

【 罪 】 好き嫌いが激しく、人を憎んだり、疎ましく思う。

【戒律】和魂(にぎみたま)は親しみ、すべてを和らげる「親和力」、場を和ませようとする心。好き嫌い、恋愛に関係、欲望のコントロールや生存欲求(食欲、睡眠欲、性欲、子孫繁栄)にも関係し、人や物事の好き嫌いがあまりに極端になっていくと穢れる。
好きという思いが一方的になり悪(にく)しみに陥らぬよう、あらゆる人を悪(にく)む事なく誤った言葉や過失は悔い改め、悪言暴語を用いないよう、常に「悔いる」という戒律が与えられている。

和魂は「悔いる」ことを忘れると、憎しみに走ってしまう「悪魂」に。
好き嫌いでヒトを判断し、愛情を独占したがり嫉妬をうみます。

「悪む(憎む)心癖のある人は「悔いる」ことで反省を促し、他者を敬遠しなくなります。

 

【畏る】幸魂(さきみたま) ⇔ 逆魂(ぎゃっこん)

【五心】恐れ、色、関心を示そうとする心。

【 罪 】 相手の敬意を軽んじ道理や神に逆おうとする。執着、色欲、物欲、権威欲としてあらわれる場合も。

【戒律】幸魂は、総てを生み育てる心「生成化育」。仁(いつくしみ)、執着を流し人をかわいがり大切にする心。共感、包み込み育む愛に関係。情動(怒り、恐れ、喜び、悲しみなど)や因果にも関係し、それらを祓い清めるはたらきがあります。
この世に生存するあらゆる生物を傷つけることなく、万物の本質に従い、宇宙創造神の御心である生成化育(原理)の道への畏(かしこ)み(畏敬の念、この世界に生かされている)、神を「畏れる」という戒律が与えられている。

誰かの行いや言葉に「情動」がある時(結果)、必ず自分の内にも(原因)が潜んでいます。
(一方的にどちらが悪いというコトはなく、自分の内にも因果の種があり結果に繋がっている)

情動:一時的で急激な感情(怒り、恐れ、喜び、悲しみなど)の動き。
因果:自分⇔他者の間に、原因と結果の関係があること。

 

幸魂は「畏れる」ことを忘れると、道理や神をも逆らう「逆魂」に。
相手の気持ちを考えず、一方的に水を注ぎ花を枯らせてしまうようになります。

「逆らう心のある人は「畏れる」ことで相手に敬意を払います。 

※幸魂の「愛」は森羅万象を生み育てる「神の愛」で恋愛とは異なる。恋愛の愛情は「親和力」の和魂。

 

【覚る】奇魂(くしみたま) ⇔ 狂魂(きょうこん)

【五心】理(こだわり)、思い。

【 罪 】 思い込み、自分こそ正しいと主張、善悪を正しく判断できずに狂う。嫉妬心。自分にないものを持っている相手が羨ましくなり、また妬ましくなる。

【戒律】奇魂は、森羅万象を正しく認識する「観察力」。どこまでも広い世界を求めようとする心。知識、氣づき、社会性、他人への思いやりに関係し、意(心の動き)に健全さをもたらす力があります。心の健全さとは、心と争わずにリラックスした状態でいられること。
人間の本分(霊主体従。神が人類を創造した目的)に反し、霊魂を穢し、罪を犯していくと穢れる。森羅万象を正しく認識(俯瞰ふかん)し、物事の善悪を正しく判断するために「覚る」という戒律が与えられている。

奇魂は「覚る(さとる)」ことを忘れると、善悪や物事の判断が狂ってしまう「狂魂」に。
人の考えを批判して優位に立ちたがり、「アイツが悪い」「私はなんてダメなヤツなんだ」など、自他を責めることにもつながります。

自他を責める気持ちは、脳内のアドレナリンやドーパミンなどの興奮物質を生み出すことにもつながり、体内の臓器や筋肉を硬直させ、肩こり、腰痛などの不調にもつながっていきます。

「狂う心癖は「覚る」(考え方の差を取る、思い込みを捨て去る)ことで、氣づきを得やすくなります。

 

 

心のチカラを正しく発揮するには、「かえりみる(省)、はじる(恥)、くゆる(悔)、おそる(畏)、さとる(覚)」の禊(ミソギ)が重要

生きている限り、いろいろなことが起こります。自ら起こす場合もありますが、起きることもあります。それらすべてが自らのためになると考え、「省みる」ことが大切です。

「省みる」機会(戒律)を失ってしまうと、心はただちに曲霊に変化してしまいます。曲霊に変化すると人生が厳しく辛いものになり、最悪の場合は良心(魂)の輝きを失くしてしまいます。

直霊が曲霊に悪化するのを防ぐ為、一霊四魂の中に五情があり、五情の戒律が適切にはたらいていれば霊魂を穢し、罪を犯すことはありません。

 

一霊四魂に関して、日月神示『青葉の巻』(第三帖)にはこうあります。

「天地の大祓いと呼応して、国の潔斎、人の潔斎、祓い清めせねばならんのぞ、与えられた使命を果たすには、潔斎せねばならんのざぞ。

かえりみる(省)、はじる(恥)、くゆる(悔)、おそる(畏)、さとる(覚)の五つのはたらきを正しく発揮して、禊ぎ祓いを実践せねばならんのであるぞ」

 

日月神示に示される神社参拝や、出雲に伝わる礼拝時の”四拍”というのは、「和魂、荒魂、幸魂、奇魂」その四つのチカラを自分の内に治め、直霊とつなげるという意味もあるのでしょう。

そして、一霊四魂が円満に活用されると、伊都能売魂(いずのめのみたま、完全無欠の神魂)が発動されると言われています。

 

 

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