脊柱=自律神経=神のとおりみち

背骨のことを解剖学では「脊柱」と言います。

「柱」とは、神を数えときに使われる形容詞でもあります。

つまり「脊柱」には、神が成るのです。

神は脊柱(脊椎・背骨)のことであるから今でもその名残で、神を数える時に一柱、二柱と数えます。

■脊柱は神の依り代
日本国に古くから岩に対する信仰があり、信仰対象となる岩を磐座(いわくら)といいます。

※自然崇拝(精霊崇拝、アニミズム:すべてのものの中に霊魂、霊が宿っているという考え方)

古来、日本人は自然の山や岩、木、海などに神が宿っていると信じ、「八百万(やおよろず)の神(かみ)」という万物には沢山の神が在るとして、信仰の対象としてきました。

磐座(いわくら)とは、神が宿った岩のこと。

「神」というのは、いうなれば宇宙エネルギーの一種であり、姿カタチをもたないので、現実世界にあらわれる為には、なんらかの依り代と成る存在が必要になります。

神道では神事において、神をそのご神体である磐座(いわくら)から降臨(呼び出し)させ、その依り代(神籬(ひもろき))と神威(かむい:アイヌ語で神格を有する高位の霊的存在のこと)を合わせ、祭りの中心としていました。

※神籬(ひもろき):神を迎えるための依り代

「ひもろき」の語源は、「神霊(しんれい)が天下る(あまくだる)木」、「神の依り代となる木」の意味

「ひ」は神霊(しんれい)。

「もろ」は天下る「あもる」の転じた意。

「き」は木の意。

■神の依り代:「磐座(いわくら)」と「神籬(ひもろき)」の違い
現在では、山や石・岩などを依り代として信仰することを「磐座(いわくら)」といい。

ご神木などの樹木や森林、儀式の依り代として用いられる榊などを、「神籬(ひもろき)」と言います。

※古来の神籬(ひもろき)の意味は、「神聖な地」
■脊柱は磐座(いわくら)(神籬(ひもろき))
ヒトの背柱は椎骨 (頚椎7、胸椎12、腰椎5、仙骨1)から成り、身体の中心になる太い柱(みやふとはしら)を形成しています。

ヒトと宇宙の関わりから観ると「椎骨」というのは、いわば磐座(いわくら)のような存在であり、ヒトというのは二十五柱の脊柱が連なり、身体を機能させているとも言えます。

そしてその二十五柱の連なりは、キレイなS字カーブを描いておりまさに龍の姿そのもの。

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【画像】コトバンク

そのようにヒトとは二十五柱の磐座(椎骨)をもつ、生きる龍体なのです。

※ちなみに「りゅう」とは、言霊的に観ると「離れ、湧き、生まれ出る」という意味があります。
■脊柱を通る神経
脊柱を通る神経はまさに、書いて字の通り「神の経(とおりみち)」

脊柱は、自律神経のはたらきが直接反映される場所であり、自律神経は、私たちの無意識に行っている呼吸、内臓の働き、血圧、体温、水分の調節、性機能などのはたらきを司るものであります。

そのように「脊柱=自律神経=神のとおりみち」ですので。

脊柱をととのえることは=

自律神経をととのえ=

神のとおりみちをととのえ=

自らを治すチカラ「自然治癒力」をひきだす 

ことにつながっていきます。

 

ヒトがもつ自然治癒力とは、まさに神のはたらきのあらわれなのです。

今回お伝えいたしました「脊柱=自律神経=神のとおりみち」のはたらきを実際に体感していただける呼吸法がありますのでよろしければぜひ、実践されてみてください^^

ミソフ呼吸~脊柱に氣をとりこむ呼吸法~

 

ちなみに、「心と身体の奏でる愛と一つになる祈り」も脊柱を意識すると、ヒトのもつ龍体エネルギーも合わさりますので心地よさがさらにパワーアップします。

心と身体の奏でる愛と一つになる祈りの言霊



 

かむながらたまちはえませ いやさかましませ~

太陽のコトタマ師あっきぃでした♪