言靈~ヒムカのミチ~

ヒムカ・・・日向・・・靈向・・・

ヒトがヒトとしてあるべき姿へ導く。カミのココロとは、感謝と慈愛にあふれた心です。

人が病になるのはカミから離れるコトが原因であり、ココロがカミに寄り添えば、病は自然に消えていくものだと思います。

そしてヒムカとは、人とカミをつなぐ役割のコト。

カミ・・・それは偶像の存在ではなくて、誰の中にもいる潜象界の自分です。

ハイヤーセルフ、魂、内なる神、創造神etc.

カミにはさまざまな呼び名が存在します。

そしてまずカミの理解の前に、宇宙の構造を理解する必要があります。


<宇宙の構造>

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宇宙は「物質世界(目に見える世界)」「潜象(せんぞう)世界(目に見えない世界)」の二重構造をしている。

潜象世界は物質世界の背後にあり、両者は重なって存在している。物質世界は潜象世界から創られている。

 
「ありがとう」実験
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フトマニ図(宇宙を二次元化した図表)のカイワレ実験

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言靈ヒーリングは、現代の医療(病院、按摩マッサージ、鍼灸、接骨院)とはまた違った視点からのアプローチ、潜在意識から心身を整えていくことの出来る可能性を秘めています。

僕の願いは、言靈ヒーリングをきっかけに私たちの生きるこの地球(クニタマ)が、コトタマさきはふクニへと弥栄していくことです。

「クニ」とはもともと「自由に担う」という意味をもつ言靈です。

この日本国は今ほんとうに、言靈が示すような自由なクニなのでしょうか?

言靈というのは命(ミコト)であり、ミコトとは口、心、行が一つになるコトを言います。
ミコト一つになるようにかむながらの道、神道という教えが日本には根強く残っています。

お正月に初日の出を拝んだり、中秋の名月という月を拝んだり、神社に参拝をしたり。
そのような日本人なら当たり前の風習こそが、
ミコトに繋がっており、如いては言霊のチカラを引き出す道でもあるのです。

「かむながらかまちはえませ いやさかましませ」その言霊に秘められた∞無限∞の愛を知る道。

ホツマツタエによると6000年以上も前から、ご先祖さまが日本の民に残して下さった至高の宝。

それこそが言霊です。

言霊はほんらいヒーリングだけに留まらず、人の一生や、この乱れた地球すらも整えるチカラが隠されています。

そんな神のチカラをも宿す言靈の素晴らしさや、言靈の奥深さを知るきっかけとして、僕は言靈ヒーリングをお伝えしております。

言靈ヒーリングは確かにすごいけれど、でもただのヒーリングだけじゃもったいない!

言靈を使いこなすトレーニングをして、言靈を使いこなせるようになれば神と通ずるコトだってできる。というのが僕の本音です。

これから言霊ヒーリングはますます世に広がっていくと思います。ですが、そこはほんの入口で、無限に深い言霊のなんたるかを知って頂きたい。

言靈がただの病治しだけではないコトは、日月神示でも言われています。

上つ巻 第五帖 (五)

富士とは神の山のことぞ。神の山はみな富士(二二)といふのぞ。見晴らし台とは身を張らすとこぞ、身を張らすとは、身のなかを神にて張ることぞ。臣民の身の中に一杯に神の力を張らすことぞ。大庭の富士を探して見よ、神の米が出て来るから、それを大切にせよ。富士を開くとは心に神を満たすことぞ。ひむかとは神を迎えることぞ、ひむかはその使ひぞ。ひむかは神の使ひざから、九の道を早う開ひて呉れよ、早う伝へて呉れよ、ひむかのお役は人の病をなほして神の方へ向けさすお役ぞ、この理をよく心得て間違ひないやうに伝へて呉れよ。


上つ巻 第七帖 (七)

いくら金積んで神の御用さして呉れいと申しても、因縁のある臣民でないと御用出来んぞ。御用する人は、何んなに苦しくても心は勇むぞ。この神は小さい病直しや按摩の真似させんぞ、大き病を直すのぞ。神が開くから、人の考へで人を引張って呉れるなよ。

 

ヒムカ・・・カミに通ずればフジは満たされて病は消える

富士というのは「自分らしさ」のような意味もあるのでしょう。
そのように少し難解な日月神示という言靈の参考書を用意ながら、
コトを深めていくのが本来の言靈のミチであると思います。

「その思想が正しいかどうかは時代が決めるものであり、正しいものは必ず残る」というのが僕の信条です。

世の中にあふれた様々ヒーリングや、カウンセリング、医療、代替医療・・・それらはこれから淘汰されていく流れにあるでしょう。

それは、宇宙が膨張し収縮すると言われているように。

エネントロピーとネゲントロピーの関係のように。

そこで残る一つ粒こそが、神の米。

フジに咲かせ、フジを咲かせるタネとなるのでしょう。

言靈というのはそのように、準備もなしにいきなり入ると険しい道ですので、まずはヒーリングからその世界、そのミチへ入るのが、その実用性も知れ、ヒーリングとして目に見える具体的な効果も知れよいのだと思います。

富士山に登るに裸足で行く人もいないですから、何事も準備は大切です。

 

はじめにお読みください

 

かむながらたまちはえませ いやさまかしませ~

太陽のコトタマ師あっきぃでした♪