「霊主体従」「体主霊従」

<霊主体従>
人間の構成要素を霊(魂)と肉体に分けたとき、主体となるのは霊であり、体は霊に従うという考え方。 その反対が体主霊従。

・神を信じる人は、人間の本体は霊であると捉えます。
・神を信じない人は人間の本体は肉体(+心)と捉えます。

目に見えるもの(体)が主であり、目に見えないもの(霊)は非科学的として、オカルトの世界 へ追いやられているのが現状。
<体主霊従>
14世紀イタリアで始まったルネサンスを境に、科学が発達し、体に霊が従うという生き方が主流となりました。

その結果、人間は物質的な豊さと一時的な幸せを手に入れましたが、しかし永続的な幸せを見いだすことができてません。

「人間は盲目的に神を信じるという時代を経て 自我が芽ばえ、発達し、やがて自我が神を受け容れる時代がくる」ルドルフ・シュタイナー

関連リンク:「体主霊従」から「霊主体従」社会へ
霊五分 体五分
人間は現世で生きている限りは肉体的欲求にも応えねばならず、「霊五分体五分」なのだから。

「神に向かつて開け、ただ神を愛し、神を理解し、善徳を積み、真の智慧を輝かし、信の真徳にをり、外的の事物にすこしも拘泥せざる状態」に、あるように努力すれば同じ五分五分でも、霊が主で体が従の「霊主体従」、即ち自分自身の真の意志の力、精神性が主となり体欲や我欲は従となり、「霊五体五の人間は天国に向かって内分が開ける」

故 出口王仁三郎氏の言葉より